今秋(2021年)、ムーミンの作者であるトーベ・ヤンソンの半生を描く映画『TOVE』が公開される予定です。

私も観賞を心待ちにして、ヤンソンの作品や伝記を読み返しています。
私は卒業論文と修士論文でヤンソンの文学作品、とりわけムーミンの小説の主題を考察しました。ヤンソンの作品を何度も読んでいますが、彼女の物語はさまざまな見方ができ、読むたびに異なる魅力に出会います。

このコラムでは、ある「視点」を切り口にヤンソンの作品をご案内してみたいと思います。

それでは、始めましょう。

トーベ・ヤンソン イラスト

今回紹介する本
ヤンソン『ムーミン谷の冬』
ヤンソン『ムーミン谷の十一月』

 

第2回 いないはずのムーミンがいる物語、いるはずのムーミンがいない物語

今回紹介する本は『ムーミン谷の冬』と『ムーミン谷の十一月』です。

あるTwitterでの投稿を思い出し、これらの本を選びました。

 20205月に、駐日フィンランド大使館公式Twitterが、「ムーミンの小説の中で、ムーミン族たちが一切お話に登場しないのはどれ?」、というクイズを出しました。Twitterのアンケート機能を使って、決められた期間内にユーザーが回答するものでした。

(駐日フィンランド大使館公式Twitter@FinEmbTokyo2020519日の投稿:

https://twitter.com/FinEmbTokyo/status/1262582773942030338 2021124日閲覧))

 回答数は799件。集計結果は以下のとおりで、回答は割れました。

『ムーミン谷の十一月』31.2%

『ムーミン谷の夏まつり』5.3%

『ムーミン谷の冬』36.8%

『小さなトロールと大きな洪水』26.8%

正解は、『ムーミン谷の十一月』です。

最も回答数が多かった『ムーミン谷の冬』は、Twitterユーザーからのコメントにありましたが、ムーミンは冬眠するからこの作品には登場しないだろう、という推測が理由かもしれません。実は、ムーミントロールが大活躍する物語です!

 

『ムーミン谷の冬』は1957年に刊行されました。

ト-ベ・ヤンソンは、この本でムーミントロールは「はじめて子どもの世界の外に一歩踏み出した」と、『Books from Finland vol.12』(1978年刊行、フィンランドの海外向け書籍紹介雑誌)に掲載されたインタビューで語っています。

これより前のムーミンの小説では「わくわくする冒険に家族みんなで一緒に対処すればそれでよかった」のですが、『ムーミン谷の冬』では、ムーミントロールは初めて冬眠から目をさまして、「まったく独力で理解できない世界で起こるできごと」に向き合います。

ムーミントロールが冬を経験する背景には、ヤンソンのパートナーであるトゥーリッキ・ピエティラの影響があります。この物語でムーミントロールに助言するトゥーティッキ(おしゃまさん)は、彼女がモデルとなっています。

評伝『トーベ・ヤンソン : 仕事、愛、ムーミン』によると、トゥーリッキは仕事のことで悩むヤンソンにこのように言いました。

「新聞連載の締め切りやら印税のことやらに、いくらがんばっても、いつも苦しめられるように、冬に散々な目に遭わされるムーミントロール。難しいだろうけど、そんな風に書いてみなさいよ」と。また、ヤンソンは評伝の著者であるボエル・ウェスティンさんへの手紙に「私が『ムーミン谷の冬』を書けたのは、トゥーティがいたからこそです」と書いています(トゥーティは、トゥーリッキの呼び名)。

 

『ムーミン谷の十一月』は1970年に刊行された、ムーミンの小説の最終作です。

この本には、ムーミンの家族が登場せず、悩みや目的をもってムーミン谷をおとずれた6人の登場人物たちが家主不在のムーミンの家で暮らす様子が描かれています。

彼らの関係は少しぎくしゃくしています。たとえば、ヘムレンさんはスナフキンに親しみをこめて話しかけますが、スナフキンは何も言うことはないという意味で「わけのわからない声」を出して、言葉を返さない時もあります。

また、彼らが持つムーミンの家族やムーミン谷の記憶やイメージはそれぞれに異なります。たとえば、ミムラねえさんはムーミンたちは怒ると森の中へ行くと話しますが、ホムサ・トフトは、「ムーミンたちはおこったことなんてないんだ」と言い返します。ミムラねえさんの記憶は、フィリフヨンカやスクルッタおじさんの認識とも違っていました。

『小さなトロールと大きな洪水』の訳者である冨原眞弓さんは、ムーミンの小説の解説書『ムーミンを読む』で、「客たちのかなりいいかげんな記憶のなかで、たえず『不在の家族』という表象によって、いわば脚色され反転したネガとして」、ムーミンの家族は「奇妙にあざやかな存在感を放っている」と、指摘しています。ムーミンたちを登場させずとも、彼らを強く印象付けることに、ヤンソンの表現の巧みさが表れているといえるでしょう。

私は『ムーミン谷の十一月』を読んだ後にはムーミンたちがとても恋しくなり、もう一度最初の本から読みたくなります。

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cnsp@bindeballe.com 件名:ヤンソン

 

小林亜佑美(こばやし あゆみ)

<紹介した本>
ト-ベ・ヤンソン著『ムーミン谷の冬』山室静訳、講談社、2020。
ト-ベ・ヤンソン著『ムーミン谷の十一月』鈴木徹郎訳、講談社、2020。

※もとの訳を底本とし、改訂された新版です。

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<参考文献>
『トーベ・ヤンソン : 仕事、愛、ムーミン』ボエル・ウェスティン著、 畑中麻紀、森下圭子共訳、講談社、2014。
『ムーミンを読む』冨原眞弓著、筑摩書房、2014。
Tove Jansson 「ムーミン谷への招待状 私の本とキャラクターたち(インタヴュー)」
『ユリイカ第30巻第5号』安達まみ訳、青土社、1998、 pp. 80-87。

映画「Tove」予告編

:https://www.youtube.com/watch?v=1e_mA-2_kNo

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小林亜佑美:秋田県出身。高校生の時に初めてムーミンを読み、大学で文学・文化・表象論を学びヤンソン研究を始める。
2013年山形大学人文学部卒業、2016年法政大学大学院国際文化研究科修士課程修了。
修士論文タイトルは「理解・不理解の主題から読み解くヤンソン作品の変化:『ムーミン谷の仲間たち』を中心に」。
著作物;バルト=スカンディナビア研究会誌『北欧史研究』第37号に「本におけるトーベ・ヤンソンおよびムーミン研究の動向」を掲載(2020年)。