「ト-ベ・ヤンソンを知る」読書案内

今秋(2021年)、ムーミンの作者であるトーベ・ヤンソンの半生を描く映画『TOVE』が公開される予定です。

私も観賞を心待ちにして、ヤンソンの作品や伝記を読み返しています。
私は卒業論文と修士論文でヤンソンの文学作品、とりわけムーミンの小説の主題を考察しました。ヤンソンの作品を何度も読んでいますが、彼女の物語はさまざまな見方ができ、読むたびに異なる魅力に出会います。

このコラムでは、ある「視点」を切り口にヤンソンの作品をご案内してみたいと思います。

それでは、始めましょう。

トーベ・ヤンソン イラスト

 

 

今回紹介する本:『ムーミン画集 : ふたつの家族』

絵 トーヴェ・ヤンソン絵/ 文 冨原眞弓、講談社、2009年刊

 

 

 

 

第1回 ムーミンの小説を読む前に 

 

今回紹介する本は、『ムーミン画集 : ふたつの家族』です。

ムーミンの原画やヤンソンの写真が掲載されている大判の本です。さまざまなムーミンの絵が掲載されていて、ページをめくるのが大変楽しい画集です。そして本書で、私が皆さんに注目して欲しいのは、巻末に収録されたトーベ・ヤンソンの「国際アンデルセン賞受賞スピーチ」です。

国際アンデルセン賞は、お分かりになると思いますが、デンマークが生んだ童話作家ハンス・クリスチャン・アンデルセンにちなんだ名称で、1953年にIBBY(国際児童図書評議会)が創設した「世界で初めての子どもの本の国際的な賞」です。「永らく子どもの本に貢献してきた作家の全業績に対して授与」されます。 トーベ・ヤンソン(以後、ヤンソン)は1966年にこの賞を受賞しました。「国際アンデルセン賞受賞スピーチ」を読んでからムーミンを読むとヤンソンの考え方とムーミンの小説の特徴がわかります。「ムーミン」を読み始めた方、すでに読み終えている方なら、スピーチを読みながら物語の具体的なシーンがイメージできると思います。

ムーミンの小説は9つあります。原書の刊行年順に、下記のとおりとなり、国際アンデルセン章を受賞したのは『ムーミンパパ海へいく』が刊行された後ということになります。

  • 『小さなトロールと大きな洪水』1945年
  • 『ムーミン谷の彗星』1946年
  • 『たのしいムーミン一家』1948年
  • 『ムーミンパパの思い出』1950年
  • 『ムーミン谷の夏まつり』1954年
  • 『ムーミン谷の冬』1957年
  • 『ムーミン谷の仲間たち』1962年
  • 『ムーミンパパ海へいく』1965年
  • 『ムーミン谷の十一月』1970年

ヤンソンはスピーチで、作家が子どものための物語を書く動機や挿絵の役割、物語を読む子どもの心の動きなどに言及しながら、物語としての「子どもの世界」をどのようなものと考えているか述べています。彼女にとっての「子どもの世界」は、「安全」と「災難」が均衡を保って共存しており、「しあわせな結末」で終わるというものです。スピーチの内容を照らし合わせて、作品を見てみましょう。

初期の作品は、災難から安全に至りしあわせな結末となる、まさに「子どもの世界」が表現された物語です。たとえば2作目の『ムーミン谷の彗星』では、ムーミントロールたちは地球に迫る彗星を恐れながら次々と課題をクリアし、最後には危機を逃れます。初期の作品の特徴がわかったことで、後期の作品は「子どもの世界」の表現ではなくなってくることもわかります。

後期の作品、すなわち6作目の『ムーミン谷の冬』以降では、物語の中の災難は徐々に役割を弱めます。災難から安全に至る過程が語られる代わりに、ある登場人物の心理的な変化や登場人物同士の関係の変化が語られることで物語は進みます。そして、彼らが自分自身や他者と向き合った結果が「しあわせな結末」となります。たとえば『ムーミン谷の冬』は、冬眠から目覚めたムーミントロールが冬の経験から自力で問題を解決することを学ぶ物語です。ここでの冬は一見災難のようですが、取りはらうべきものではなく理解する対象です。ヤンソンの考える「子どもの世界」から外れてしまった物語も、最後は「しあわせな結末」であり、このことがムーミンの小説を児童文学にとどめているのではないかと私は考えています。

 

 

小林亜佑美(こばやし あゆみ)

映画「Tove」予告編

:https://www.youtube.com/watch?v=1e_mA-2_kNo

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小林亜佑美:秋田県出身。高校生の時に初めてムーミンを読み、大学で文学・文化・表象論を学びヤンソン研究を始める。
2013年山形大学人文学部卒業、2016年法政大学大学院国際文化研究科修士課程修了。
修士論文タイトルは「理解・不理解の主題から読み解くヤンソン作品の変化:『ムーミン谷の仲間たち』を中心に」。
著作物;バルト=スカンディナビア研究会誌『北欧史研究』第37号に「本におけるトーベ・ヤンソンおよびムーミン研究の動向」を掲載(2020年)。

 

「ト-ベ・ヤンソンを知る」読書案内

今秋(2021年)、ムーミンの作者であるトーベ・ヤンソンの半生を描く映画『TOVE』が公開される予定です。

私も観賞を心待ちにして、ヤンソンの作品や伝記を読み返しています。
私は卒業論文と修士論文でヤンソンの文学作品、とりわけムーミンの小説の主題を考察しました。ヤンソンの作品を何度も読んでいますが、彼女の物語はさまざまな見方ができ、読むたびに異なる魅力に出会います。

このコラムでは、ある「視点」を切り口にヤンソンの作品をご案内してみたいと思います。

それでは、始めましょう。

トーベ・ヤンソン イラスト

今回紹介する本
ヤンソン『ムーミン谷の冬』
ヤンソン『ムーミン谷の十一月』

 

第2回 いないはずのムーミンがいる物語、いるはずのムーミンがいない物語

今回紹介する本は『ムーミン谷の冬』と『ムーミン谷の十一月』です。

あるTwitterでの投稿を思い出し、これらの本を選びました。

 20205月に、駐日フィンランド大使館公式Twitterが、「ムーミンの小説の中で、ムーミン族たちが一切お話に登場しないのはどれ?」、というクイズを出しました。Twitterのアンケート機能を使って、決められた期間内にユーザーが回答するものでした。

(駐日フィンランド大使館公式Twitter@FinEmbTokyo2020519日の投稿:

https://twitter.com/FinEmbTokyo/status/1262582773942030338 2021124日閲覧))

 回答数は799件。集計結果は以下のとおりで、回答は割れました。

『ムーミン谷の十一月』31.2%

『ムーミン谷の夏まつり』5.3%

『ムーミン谷の冬』36.8%

『小さなトロールと大きな洪水』26.8%

正解は、『ムーミン谷の十一月』です。

最も回答数が多かった『ムーミン谷の冬』は、Twitterユーザーからのコメントにありましたが、ムーミンは冬眠するからこの作品には登場しないだろう、という推測が理由かもしれません。実は、ムーミントロールが大活躍する物語です!

 

『ムーミン谷の冬』は1957年に刊行されました。

ト-ベ・ヤンソンは、この本でムーミントロールは「はじめて子どもの世界の外に一歩踏み出した」と、『Books from Finland vol.12』(1978年刊行、フィンランドの海外向け書籍紹介雑誌)に掲載されたインタビューで語っています。

これより前のムーミンの小説では「わくわくする冒険に家族みんなで一緒に対処すればそれでよかった」のですが、『ムーミン谷の冬』では、ムーミントロールは初めて冬眠から目をさまして、「まったく独力で理解できない世界で起こるできごと」に向き合います。

ムーミントロールが冬を経験する背景には、ヤンソンのパートナーであるトゥーリッキ・ピエティラの影響があります。この物語でムーミントロールに助言するトゥーティッキ(おしゃまさん)は、彼女がモデルとなっています。

評伝『トーベ・ヤンソン : 仕事、愛、ムーミン』によると、トゥーリッキは仕事のことで悩むヤンソンにこのように言いました。

「新聞連載の締め切りやら印税のことやらに、いくらがんばっても、いつも苦しめられるように、冬に散々な目に遭わされるムーミントロール。難しいだろうけど、そんな風に書いてみなさいよ」と。また、ヤンソンは評伝の著者であるボエル・ウェスティンさんへの手紙に「私が『ムーミン谷の冬』を書けたのは、トゥーティがいたからこそです」と書いています(トゥーティは、トゥーリッキの呼び名)。

 

『ムーミン谷の十一月』は1970年に刊行された、ムーミンの小説の最終作です。

この本には、ムーミンの家族が登場せず、悩みや目的をもってムーミン谷をおとずれた6人の登場人物たちが家主不在のムーミンの家で暮らす様子が描かれています。

彼らの関係は少しぎくしゃくしています。たとえば、ヘムレンさんはスナフキンに親しみをこめて話しかけますが、スナフキンは何も言うことはないという意味で「わけのわからない声」を出して、言葉を返さない時もあります。

また、彼らが持つムーミンの家族やムーミン谷の記憶やイメージはそれぞれに異なります。たとえば、ミムラねえさんはムーミンたちは怒ると森の中へ行くと話しますが、ホムサ・トフトは、「ムーミンたちはおこったことなんてないんだ」と言い返します。ミムラねえさんの記憶は、フィリフヨンカやスクルッタおじさんの認識とも違っていました。

『小さなトロールと大きな洪水』の訳者である冨原眞弓さんは、ムーミンの小説の解説書『ムーミンを読む』で、「客たちのかなりいいかげんな記憶のなかで、たえず『不在の家族』という表象によって、いわば脚色され反転したネガとして」、ムーミンの家族は「奇妙にあざやかな存在感を放っている」と、指摘しています。ムーミンたちを登場させずとも、彼らを強く印象付けることに、ヤンソンの表現の巧みさが表れているといえるでしょう。

私は『ムーミン谷の十一月』を読んだ後にはムーミンたちがとても恋しくなり、もう一度最初の本から読みたくなります。

※本コラムについてのご感想、ご質問をお寄せください。
お待ちしています
cnsp@bindeballe.com 件名:ヤンソン

 

小林亜佑美(こばやし あゆみ)

<紹介した本>
ト-ベ・ヤンソン著『ムーミン谷の冬』山室静訳、講談社、2020。
ト-ベ・ヤンソン著『ムーミン谷の十一月』鈴木徹郎訳、講談社、2020。

※もとの訳を底本とし、改訂された新版です。

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<参考文献>
『トーベ・ヤンソン : 仕事、愛、ムーミン』ボエル・ウェスティン著、 畑中麻紀、森下圭子共訳、講談社、2014。
『ムーミンを読む』冨原眞弓著、筑摩書房、2014。
Tove Jansson 「ムーミン谷への招待状 私の本とキャラクターたち(インタヴュー)」
『ユリイカ第30巻第5号』安達まみ訳、青土社、1998、 pp. 80-87。

映画「Tove」予告編

:https://www.youtube.com/watch?v=1e_mA-2_kNo

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小林亜佑美:秋田県出身。高校生の時に初めてムーミンを読み、大学で文学・文化・表象論を学びヤンソン研究を始める。
2013年山形大学人文学部卒業、2016年法政大学大学院国際文化研究科修士課程修了。
修士論文タイトルは「理解・不理解の主題から読み解くヤンソン作品の変化:『ムーミン谷の仲間たち』を中心に」。
著作物;バルト=スカンディナビア研究会誌『北欧史研究』第37号に「本におけるトーベ・ヤンソンおよびムーミン研究の動向」を掲載(2020年)。