フィンランド語探偵ハンナ 第5回

Päivää (パイヴァー)!  こんにちは!
2019 年の 6 月に、白水社から『パスポート初級フィンランド語辞典』という新しいフィン・日辞書が出版されたの。 もう 買った人も いるかしら? 今までの辞書は、文章に出てきた単語の変化形から基本形(辞書の見出し語)にたどり着くまでに時間がかかることもあったんだけど、この辞書は変化形の一部も記載されているから、とっても調べやすくなったわ 。 巻末にテーマ別語彙集もついていたり、 学習者にはおすすめよ 。
さて 、今日 も フィンランド語の謎を解明しなくちゃ 。 ハンナならどんな難題も解決できるんだから!

さて、5 回目 の 依頼人は 、 第 2 回で登場した会社員のケンタさん よ 。 今回はちょっと難しい話になるかもね。

🔎Case #5:『隠された持ち主』

ハンナ:こんにちは。お久しぶりね。
ケンタ:そうですね。おかげさまでマイペースながらフィンランド語の勉強は続けていて、実は今度の夏休みにフィンランドへ旅行するんです。
ハンナ:それはいいわね!で、今日はどんなご依頼かしら?
ケンタ:今は、「AのB」みたいな所有表現を勉強し始めたばかりなんですが、そこでちょっと疑問がありまして。
(ハンナにノートを渡す)

ハンナ:(2)がわからないのかしら。
ケンタ:ええ。(1)のystävän(ユスタヴァン)のystävä(ユスタヴァ)は「友人」、最後にあるnは、日本語で言う「の」ですよね。だから、ystävänは「友人の」という意味で、(1)の訳は「それは友人の犬です」。ここまでは問題ないですよね?
ハンナ:そうね。
ケンタ:ところがある文章中に(2)のような表現があって、koiraにくっついてるniというのがわかりません。だから文の意味もよくわからなくて。独学だとこういうところで立ち止まってしまうんです。ハンナさん、この謎が解けますか?

ハンナ:トタ、トタ*1・・・わかったわ!
謎を解くカギは「niに隠された人物」よ!

ケンタ:隠された人物?やっぱり所有表現のnと関係があるのでしょうか?
ハンナ:さすがケンタさん、勘がいいわね。(2)のkoiraniのniは、「私の」という意味を持つマークなの。
ケンタ:え?この、最後にくっついてるniだけで?
ハンナ:そう!「私」、「あなた」、「彼」など、「人称代名詞」というもので表される人物が何かを所有する時、所有される名詞には「所有接辞」というものをつけるの。その一例が、このni。他にこんなものがあるわ。

ケンタ:ええと、じゃあ(2)はkoiraniが「私の犬」だから・・・「それは私の犬です」か!
ハンナ:その通りよ。
ケンタ:なるほど。あれ?でも、人称代名詞で「私の」みたいな形もありますよね?それは使われないんですか?
ハンナ:「私の犬」と表現するには、いくつかの方法があるの。minun koirani(ミヌン コイラニ)のように人称代名詞のminun「私の」が出てくる場合もあるけど、普通は人称代名詞を使わず所有接辞だけでkoiraniみたいに表すことが多いわね。話し言葉だと、mun koira(ムン コイラ)みたいに人称代名詞の形が変わって所有接辞が消えたりもするわ。
ケンタ:そうなんですか!所有接辞の出てくる条件は限られるけど、色々な表現があると使い方を間違えそうですね。
ハンナ:そうね。所有表現は細かく見るとなかなか一筋縄ではいかないけど、ケンタさんは語学の勘が良いようだから、もっともっと上達すると思うわ!
ケンタ:えへへ、褒められるとさらにやる気が出ますね。ハンナさん、ありがとうございました!
ハンナ:どういたしまして。Hyvää matkaa!(ヒュヴァー マトゥカー:良い旅を)

謎は解決!次はどんな依頼が舞い込んでくるかしら?次回もお楽しみに!


*1 トタ(tota):日本語の「えーっと」に当たる語tuota(トゥオタ)のくだけた発音

フィンランド語探偵ハンナ 第4回

Päivää(パイヴァー)!こんにちは!
pesäpallo(ペサパッロ)というフィンランド式野球があるの、知ってる?アメリカ式野球とはルールがだいぶ違っているの。ピッチャーはバッターのすぐそばで垂直にボールを放り投げて、それをバッターが打つ。走塁のコースやストライクカウントの方法も違う。こうなると、もう別のスポーツよね。
さて、今日もフィンランド語の謎を解明しなくちゃ。ハンナならどんな難題も解決できるんだから!

さて、4人目の依頼人は、カルチャースクールでフィンランド語を学ぼうとしている主婦のミチヨさんよ。

🔎Case # 4 :『 位置情報は正確に 』

ハンナ:こんにちは。今日はどんなご依頼かしら?
ミチヨ:最近 、 私の隣にフィンランド人の奥様を持つ方が引っ越してきたんです。とても
気さくな奥様なので、もっと親しくなりたくて、フィンランド語をちょっと勉強してみよ
うかなと思い立ちました 。
ハンナ:その方、日本語は話せないんですか?
ミチヨ:いいえ、上手なんですけど、 フィンランド語 を少し話したら喜んでくれるんじゃ
ないかと思って。 50 を過ぎて語学に手を出すのは無茶かも知れません けど 。
ハンナ:何かを始めるのに遅すぎるということはありませんよ 。
ミチヨ:そう 言っていただけるとうれしいわ 。 それで、カルチャースクールで勉強しよう
と思いましてね、一度体験レッスンを受けてみたんです 。 そうしたら、どうにも理解でき
ないことがあって・・・。これはその時のノートです。

ハンナ:2つとも「私は~にいます」という文ですね。
ミチヨ:そう、そこなんです。(1)のpostissa(ポスティッサ)は、posti(ポスティ)「郵便局」の変化形で、「郵便局に」という意味ですよね。だから最後のssaが「に」のような意味だと思ったんですけど、(2)のtori(トリ)「広場」には別の形、llaがついています。
ハンナ:なるほど。レッスンの時は何か言われましたか?
ミチヨ:文法より会話重視の短いレッスンだったので、詳しい説明はされませんでした。私もその時は気づかなくて質問もしなかったけれど、後で疑問がわいてきたんです。ssaとlla、同じ意味を表すのになぜ形が違うのかしら?ハンナさん、この謎が解けますか?

ハンナ:トタ、トタ*1・・・わかったわ!
謎を解くカギは「位置情報」よ!

ミチヨ:位置情報?郵便局や広場の情報が関係しているんですか?
ハンナ:はい。ミチヨさん、郵便局は当然建物があって、中に入ることができますよね。でも、広場というのは普通建物がなく、地面がメインというイメージでは?
ミチヨ:ええ、そうでしょうけど・・・。
ハンナ:フィンランド語というのは、「中」と「外」の区別を厳格にする言葉なんです。基本的に、postissaのssaは「中」に入ることができる場所につける形で、torillaのllaは「中」に入ることができない場所につける形なんですよ*2。
ミチヨ:まあ!そんな細かい区別があるの?
ハンナ:ええ。ですから、Olen postilla.(オレン ポスティッラ)とか、Olen torissa.(オレン トリッサ)と言うことは普通ないんです。ssaとllaだけでなく、場所を表わす語尾は全部で6種類あって、いずれも「中」か「外」かを区別しますね。

ミチヨ:そんな・・・覚えられません。
ハンナ:会話を重視したいなら、自分が使いそうなものから覚えていくのがいいですよ。お隣の奥様も教えてくださるでしょうし、間違えても誰も咎めたりしませんから気楽に、ね!
ミチヨ:それもそうね。ありがとうございます。問題が解決しただけでなく、楽しく勉強しようという気になれました!
ハンナ:語学には最低限の文法は必要ですが、大事なのは相手とのコミュニケーションですからね。

謎は解決!次はどんな依頼が舞い込んでくるかしら?次回もお楽しみに!


*1 トタ(tota):日本語の「えーっと」に当たる語tuota(トゥオタ)のくだけた発音
*2 このルールによらない使い方もありますが、今回は割愛します。
*3 「中へ」を意味する語尾は、場所を表す単語の音によって3種類あります。「母音」というのは、場所を表す単語の最後の母音のことです。